どらんち

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2011年 12月 28日

しょうざん

1948年の夏に、鷹ヶ峰3万5千坪に作られた商業施設です。
結婚式場、料亭やレストラン、ボーリング場にプール、染色ギャラリーetc。
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ロールスロイス(* ̄0 ̄)/ オゥッ!!
貸してくれないかなぁ。。。
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京料理「千寿閣」
ここは何度か利用しています。
料理もまずまずだし、下を流れる紙屋川のせせらぎがいいのです。
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しょうざんの紅葉は、まさに隠れ名所。
とても綺麗なんですよ。
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日が落ちて暗くなってきました。
そろそろ、帰りことにしましょう。
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by dora3000 | 2011-12-28 07:13
2011年 12月 15日

源光庵

鷹ヶ峰街道の突き当たりにある源光庵は、
貞和2年(1346)、臨済宗大徳寺住持の徹翁義亨(てつおうぎこう)により、
隠居所として建立された復古堂に始まります。
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普段はひっそりとしていますが、紅葉の時期はたくさんの人が訪れます。
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丸窓は「悟りの窓」と呼ばれ、円型は「禅と円通」の心を表し、円は大宇宙を表現しています。
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お話は長くなりますが、慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いの直前、
徳川家康は会津の上杉景勝討伐に向かうため、
留守居として鳥居元忠(1539~1600)以下1800名に伏見城を守らせていました。
d0187357_652248.jpgすると家康が京を離れた隙を狙っていた石田三成の軍勢9万が伏見城を攻撃!
鳥居元忠とその部下は三成軍を少しでも長く京に留まらせ、
会津まで援軍に行かせないようにと奮戦したが8月1日遂に力尽き、
落城の際に鳥居元忠ら380名以上が自刃(元忠は討ち死にとの説も有)。
鳥居元忠達の遺骸は関ヶ原の戦いが終わるまで約2ヶ月もの間、伏見城に放置され、
その血痕や顔や鎧のあとが縁側の板に染み付き、いくら拭いても洗っても落ちなくなったのです。
そこで、縁側からその板を外し、供養のため寺に移しました。
その際に床を、足で踏む床板にしては供養にならないからと、
天井にして手厚く供養しているものがいわゆる「血天井」として京都各地に今も残っているのです。
その一つが、ここ源光庵なのです。

天井下に置かれた長椅子に座って見上げると、生々しい血天井が。。。。
悲惨な光景が目に浮かび少し恐怖を感じました。
バスガイドさんが、「このシミが鳥居元忠です。」と案内していましたが本当に分かるのかい?って言いたくなりました。それに、同じく血天井を供養している東山の養源院でも住職から、鳥居元忠の自害した跡の説明を受けましたよ・・・・
どっちが本当なのでしょうか?





「悟りの窓」に並んで「迷いの窓」の四角い形は「生老病死四苦八苦」を表現しています。
これ以外にもたくさんの窓があり、窓を通して庭園を望むと、
景色の明るさと部屋の暗さのコントラストが何とも美しく目に入ります。
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by dora3000 | 2011-12-15 07:15
2011年 12月 14日

参道

高桐院

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三玄院

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光悦寺①

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光悦寺②

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by dora3000 | 2011-12-14 07:45
2011年 12月 13日

常照寺

京都の鷹ヶ峰にある常照寺は、吉野太夫ゆかりの寺として有名です。
赤い山門は「吉野門」と呼ばれているのは名妓2代目吉野太夫の寄進だからです。
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島原に在った廓の名妓で、遊女としての最上位にあたる太夫。
教養が高く、和歌、連歌、俳句、書、茶道、華道、音曲、囲碁、
双六など諸芸に優れていただけでなく、その美貌は遠く唐(中国)にまで伝わっていたといいます。
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常照寺を訪れたころは、雨が降り出しました。
太夫の涙だったのでしょうか?
なので、暗くてすみませんm(_"_)m
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4月の第2日曜日に、
近くの源光庵から常照寺本堂まで太夫の道中があり、太夫献茶や太夫墓前祭があります。
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by dora3000 | 2011-12-13 07:47
2011年 12月 09日

闇の向こうは

「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった」
川端康成の小説、雪国の冒頭です。
トンネルの向こうにはどんな世界が待っているのか?
鉄道で旅をする時の楽しみの一つです。
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写真は山陰線保津峡駅のトンネルです。
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出てきたのは6M3T 183系 特急
列車名「きのさき」は、終点の兵庫県豊岡市にある城崎温泉からです。

城崎温泉へ行って、蟹が食べたいな~
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by dora3000 | 2011-12-09 07:01
2011年 12月 01日

祇王寺

以前にここで紹介しました夏の緑の世界の祇王寺。
秋には、どんな色に染まるのかを見たくて行ってきました。
まだ少し時期が早いようで、赤いがもみじが落葉したころが見頃かも知れません。
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祇王寺は平家物語に登場する悲恋の尼寺。
平清盛と二人の女性の哀れな物語があります。
興味のある方は、来年の大河ドラマをご覧ください(笑)
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男とは何と業深き獣。
罪深い生き物なのか、
祇王寺にまつわる物語を知ると、男の私でも腹立たしく思われます。
なにが?ってですか。
知りたい人は、来年の大河ドラマをご覧ください(笑)
私は、NHKのまわし者ではありません(⌒▽⌒)アハハ!
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萌え出づるも 枯るるも同じ 野べの草
いずれか秋に あはで果つべき
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君を初めて見る折は
千代も経ぬべし姫小松
お前の池なる亀岡に
鶴こそ群れゐて遊ぶめれ
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祇王という白拍子がいました。
白拍子とは、当時の男性の恰好をして、歌を歌ったり、舞を披露する女性のことです。
平安時代末期、時の権力者は平清盛でした。
「平家でない者は人でない」と言ったほど、当時、権力は平家に集中していました。
当時17歳だった白拍子の祇王は清盛に気に入られ、彼に仕えることになります。
さてさて、この後は大河ドラマで(笑)
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by dora3000 | 2011-12-01 07:18